節分に気づいた「思い込み」

    
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節分に気づいた「思い込み」

節分の日に恵方巻を食べる習慣って、いつから広まったんでしょうね。

わたしが子どものころには、そんな風習はなかったように思うんだけど…。

でも、この20年くらい、
わが家でも、毎年、節分の日には、太巻きを作るのが恒例になっていました。

子どもたちのために。
日本の文化を伝えるために。

母親として、大切なことだと思っていたからです。


でも本当は食べたくなかった

2月3日。

この日は、わたしの誕生日でもあります。

本当はね、
わたしの好きなものを食べたかったんです。

誕生日なんだから、
自分の食べたいものを、
楽しくおしゃべりしながら食べたかった。

なのに現実は――

黙って
決められた方向を向いて
太巻きを丸かじり。

お祝いのはずの日なのに、
なんだかちょっと、さみしい。

いや、けっこう、さみしい。


◆母として、やらなきゃいけないと思っていた

でも当時のわたしは、

「母親なんだから」
「子どもの教育のために」
「文化は伝えなきゃ」

そう思っていました。

自分の気持ちよりも、
母として“正しいこと”を優先してた。

それが当たり前だと思っていたんです。


◆思い込みを外しましょう、と言っていたのに

わたしが主宰している「子育て心理学・母のチカラ」の講座では、いつも受講生さんに

思い込みを疑ってみよう
当たり前を見直してみよう

そう伝えてきました。

でも今年の誕生日、
あらためて気づいたんです。

あれ?
わたし、まだやってる。

「母親はこうするもの」という思い込みを握りしめてることに気づきました。


◆気づいたら、もうやめられる

その瞬間、
なんだか笑っちゃいました。

あぁ、まだあるなぁって。

こうあるべき。こうするべき。普通はこういうもんでしょう。こうするのが当たり前。そんな思い込みがまだまだあるなぁって、思いました。

そして、この「当たり前」が子育てを辛くしてる。

でもね
気づけたら、もういい。

気づいたら、
選び直せるから。


◆本当に必要なこと

正しい母親でいることよりも、
文化を守ることよりも、

まず大事なのは、
自分の気持ち。

わたしが
無理していないこと。

自分の本音を置き去りにしていないこと。

それが、いちばん大切なんじゃないかなって
あらためて思いました。

ちゃんとしていなくても、文化の継承ができてなくても

無理していないお母さんでいられること。

それが、子どもにとって
いちばん安心できることなのかもしれません。


◆思い込みは、何度でも見つかる

思い込みって、
なくなったと思っても、また出てきます。

でも、それでいい。

そのたびに
「あ、またいたね」って気づいて、
手放していけばいい。

わたしは、今年の誕生日に
またひとつ、軽くなりました。

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